本屋さんの漫画コーナーをぶらぶら歩く。
特に目的があるわけでもなく、「なにか面白そうなものないかなぁ」と棚を眺める時間が好きだ。
本を探しているというより、まだ知らない誰かの考えごとや人生の断片を探している感じ。
そんなふうに物色していたら、ふと目に入った一冊があった。
にわとりとパンダと主人公らしき人物がお茶をしている表紙。
なんだその組み合わせ。
会議のメンバーとしてはだいぶ不安である。
でも妙に気になる。
『友達だった人』(作:絹田みや)
デビュー作の短編集らしい。
重たい本を読む気分でもなかったので、「今日はこれくらいの温度感がちょうどいいかもしれない」と手に取った。
買った本をカバンに入れると、なんとなく帰り道が少し楽しくなる。
まだ読んでいないのに、もう得した気分になるのだから不思議だ。
ただ、その日は家に帰っても仕事が少し残っていた。
大人になると、本を読む前に片付けなければならないことが増える。
子どもの頃は漫画を買ったら即読む一択だったのに、
今では
「メール返してから」
「洗い物してから」
「資料を一本仕上げてから」
と、なかなか漫画に辿り着けない。
人生というのは、自由とは程遠く雑務に追われるシステムかもしれない。
そんなこんなで仕事を終わらせ、コーヒーを淹れてページを開く。
収録されているのは4つの物語。
・顔も名前も思い出せないけれど確かに心がつながっていた友人を想う話。
・もう二人の自分に助けられる話。
・幼い頃に描いた絵が思わぬ形で人生を動かす話。
・誰かに決められた人生を生きてきた女性たちが旅先で出会う話。
例によって内容には深く触れない。
僕は昔から映画や漫画の感想を書くと、
「で、結局どんな話なんですか?」
と言われる。
自分でもよく分かっている。
感想を書くのが下手なのだ。
ストーリーよりも、そのとき自分が何を思ったかばかり書いてしまう。
でも、それが自分なのだ。
同じ作品を読んでも、人によって残るものは違う。
僕に残ったのは、青春時代空気感だった。
何かを頑張っていた頃の匂い。
将来が見えていない不安。
でも妙な自信だけはあった頃。
仕事に夢中だった頃。
失敗も多かったし、空回りもしたし、今思い返すと「もう少し肩の力を抜けばよかったのに」と思う。
けれど、その不器用さも含めて自分だったのだろう。
若い頃の自分を思い出すと、少し恥ずかしくなる。
同時に少し愛おしくもなる。
当時は必死だった。
周りと比べたり、焦ったり、無理をしたり。
だいぶ年を重ねた今でもなかなか上手くやれない。
でも、その不格好な頃の自分が頑張って作り上げてくれた
今の自分は嫌いじゃない。
最近思う。
人生で起きた出来事は消えない。
嬉しかったことも、失敗したことも、後悔したことも。
全部残る。
ただ、時間が経つと少しずつ形が変わる。
尖っていた記憶が丸くなる。
痛かった思い出が笑い話になる。
苦かった経験が誰かに優しくできる理由になる。
だから昔のことを思い出しても、以前ほど嫌な気持ちにならなくなった。
むしろ「あの頃もそれなりに頑張ってたな」と思えるようになった。
漫画を閉じてコーヒーを飲む。
本屋で偶然見つけた一冊が、少し昔の自分を連れてきてくれた。
いろんなことがあるけれど、優しさに変えて生活していきたい。
そして、ヒゲを整え思い出にふける。




































