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不立文字とブログと、わかった気になること

「不立文字(ふりゅうもんじ)」という禅の言葉があります。

本当に大切なことは文字や言葉だけでは伝えられない。
悟りは教科書や説明書の中にはなく、自分自身で体験してはじめてわかる。

そんな意味らしいです。

ブログを始めたばかりの私としては、なかなか困る言葉です。

なにしろ今まさに、心の中にあるものをせっせと文字にしている最中なのですから。

「言葉じゃ伝わらないよ」

と言われると、

「いや、こっちは今まさに言葉で伝えようとしてるんですけど……」

と少しだけ反論したくなります。

もっとも、よく考えてみると心当たりはあります。

たとえばコーヒー。

どれだけ丁寧に説明されても、実際に飲んだことのない人に味は伝わりません。

「少し酸味があって、華やかな香りで、後味がすっきりしていて」

と言われても、

結局は飲んでみないとわからない。

本もそうです。

誰かの感想を読んで内容を知った気になっていても、自分でページをめくったときの感覚とはまるで違います。

旅もそう。

写真を百枚見ても、その場所の風や匂いまではわからない。

つまり私たちは、案外たくさんのことを「知った気」になっているのかもしれません。

今の世の中は特にそうです。

検索すれば答えが出る。

動画を見れば解説してくれる。

そして最近ではAIに聞けば、かなり賢そうな文章が数秒で返ってきます。

便利です。

でも、便利になればなるほど、

「理解した」

「理解した気になった」

の境界線が曖昧になっていく気もします。

アインシュタインの言葉だったと思うのですが、

「情報は知識ではない」

という言葉があります。

さらに言えば、知識と経験もまた別物です。

自転車の乗り方を本で読んでも乗れるようにはならないし、

恋愛本を百冊読んでも失恋は防げないし、

ダイエット動画を見ながらポテトチップスを食べていても痩せません。

最後のは私だけかもしれませんが。

禅の人たちが言いたかったのも、きっとそんなことなのでしょう。

本当に大切なものは、自分で転んだり悩んだり遠回りしたりしながら掴むしかない。

言葉はその入口にはなれるけれど、ゴールそのものにはなれない。

そう考えると、ブログを書く意味も少し変わって見えてきます。

私は記事を書くたびに、

「読んだ人に何かを教えよう」

と思っているわけではありません。

むしろ、

「こんなことを考えながら歩いている人間がいますよ」

という足跡を残している感覚に近い気がします。

その足跡を見た誰かが、

「ああ、自分も同じことを考えたことがある」

と思ったり、

あるいは全然違う景色を見つけたりする。

それで十分なのかもしれません。

結局のところ、

「不立文字」なんて言葉に出会ってしまった以上、

ブログを書くこと自体が少し矛盾している気もします。

言葉では伝わらないと言われながら、

今日も私はこうして言葉を並べている。

まあ、それも人間らしくて悪くないでしょう。

伝わらないかもしれない。

でも、だからこそ書いてみる。

そんなことを考えながら、また一つ記事を残しておこうと思います。

コーヒーでも淹れよう。そして今日もヒゲをととのえる。

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