映画『かくかくしかじか』を観た。
Netflixを何となく開いていたらおすすめに出てきた。
「ああ、これか。」
思わず指が止まる。
だいぶ前に原作漫画を読んだ作品だ。
漫画家でも絵描きでもない僕だけれど、不器用なくせに妙に一生懸命な主人公や、その人生を大きく左右する先生の姿に勝手に共感していた。
ただ、好きな作品だったかと聞かれると少し答えに困る。
もちろん面白かった。
泣けたし感動した。
でも読み終わったあと、心のどこかがキューッとなって苦しくなった。
人生って思った通りにはいかないし、大事な人にはいつまでも会えるわけじゃない。
そんな当たり前のことを、改めて目の前に突きつけられた気がしたのだ。
だから映画化されたと聞いたときも気にはなった。
気にはなったけれど映画館には行かなかった。
観たらまたあの気持ちになる気がしたから。
大人になると不思議なもので、ホラー映画よりも現実のほうが怖かったりする。
怪物に襲われる話より、「もっとこうしておけばよかった」と後悔する話のほうが胸に刺さる。
そんなわけで、映画館の上映期間はそのまま過ぎていった。
そして一年あまり。
Netflixを立ち上げたら『かくかくしかじか』が配信されていた。
最初はスルーしようと思った。
今日は軽いやつでいい。
動物が出てくるやつとか。
異世界転生でもいい。
何も考えずに見られる作品を探そう。
そう思ったのに、気がつけばサムネイルを何度も見ている。
気になる。
やっぱり気になる。
脚本には原作者の東村アキコさんも参加しているらしい。
変に盛りすぎたり、泣かせよう泣かせようという映画にはなっていないだろう。
それに、もともと好きな作品だ。
結局、自分の好奇心に負けて再生ボタンを押した。
観終わった感想を一言でいうと、
「ああ、生きるってそういうものか」
だった。
不思議なことに、昔感じた苦しさとは少し違った。
原作を読んだ頃の僕は、登場人物たちの後悔や喪失ばかり見ていた気がする。
でも今は、その後悔を抱えながらも人が前に進んでいく姿のほうが印象に残った。
年齢のせいかもしれない。
この数年で自分もいろんな人と出会い、別れ、仕事で失敗し、どうにもならないことを経験してきた。
人生は「正解を選ぶゲーム」ではなくて、「選んだあとを生きるゲーム」なんだなと思う。
だから後悔しない人なんていない。
恩返ししたかったのに間に合わなかった人もいる。
ちゃんと伝えたかった言葉を飲み込んだまま終わることもある。
それでも、その人から受け取ったものは消えない。
たぶん人生ってそういうリレーみたいなものなんだろう。
直接返せなくても、誰かに渡していけばいい。
そんなことを映画を観ながら考えていた。
……と、ここまで書くとずいぶん真面目な話になってしまった。
しかし、僕は映画を観たあと、なぜか宮崎の海が見たくなった。
作中にも宮崎の風景が出てくるけれど、海というのは不思議だ。
楽しい思い出も悲しい思い出も、全部まとめて受け止めてくれる感じがある。
波は来て、返して、また来る。
後悔もそうかもしれない。
なくなることはないけれど、少しずつ形を変えながら心の中を行ったり来たりする。
昔はその波に飲み込まれていたけれど、今は少し離れた場所から眺められるようになった気がする。
『かくかくしかじか』は相変わらず心がキューッとなる作品だった。
でも今回は嫌なつっかかりではなかった。
「みんな不器用なんだな」
「それでも一生懸命生きてるんだな」
そう思えた。
だから観終わったあと、不思議と少し優しい気持ちになれた。
もし昔の自分に会えたなら、
「大丈夫。その苦しさもいつか意味が分かるよ」
と言ってやりたい。
そんな映画だった。
ネタバレになるので内容には深く触れないけれど、僕は好きな作品です。
そして、コーヒーを飲み、今日もヒゲをととのえる。




































